Creative of Zero Space

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存在させている“みえない背景”にスポットを当てて書いていきたいと思います!

映画『鬼滅の刃 無限城編』からみた①“武士道精神”

ご訪問いただきありがとうございます!

先日、やっとの思いで
鬼滅の刃 無限城編 第一章』
を視聴しました。


公開から記録を更新し続け、まだまだ根強い人気を得ている本作品。
とても美しい映像美と日本の精神を感じ、とても感動しました。
この作品が世界に届くと思うとわくわくしました。

今回の作品では、『日本』を強く感じました。

大きくみて2つ
①武士道精神
②弱さを受け入れる真の強さ(生命より精神)

これらを記憶に留めておくために書いておこうと思います。

今回は『①武士道精神』について


鬼滅の刃からみる『武士道精神』

背景は、冨岡義勇が猗窩座と対峙する場面
強い相手だということで、覚えておこうと猗窩座が義勇に名前を聞くシーンでの義勇のセリフ

俺は極力刀を抜きたくはないし誰かれ構わず娯楽のように手合わせするのも好きではない

この言葉に、私は“武士道精神”を強く感じました。

武士道では、やみくもに刀を振るうことは一流ではなく、「姿勢」や「態度」こそが人の憧れを生むと考えられています。
義勇の在り方はまさにその象徴ように感じました。


しかし彼は続けてこうも言います—

けれども今 己が圧倒される強者と久々に出会い、短時間で感覚が鋭く練磨されるのがわかった。
閉じていた感覚が叩き起こされ引きずられる。
強者の立つ場所へ ぎりぎりの命の奪い合いというものが どれ程人の実力を伸ばすのか、理解した。


強者は、強者と対峙し、更に強くなっていく。
強い者の相手は、弱者ではなく、自分よりももっと強い相手。
それが、一流なのだと思うのです。

戦わずして勝つ。
それが真に強い者の境地なんだと。


現代においての『一戦を交える強者の勝負』とは、何に当てはまるのか

現代における“強者の勝負”とは、例えばビジネスのプレゼンや交渉かもしれません。
相手を論破することではなく、相手の心を動かして「この人となら共に進みたい」と思わせること。
まさに、それは刀ではなく言葉や態度で勝負する“現代版の武士道”だと感じます。


場を制する強さが真の強者なのかもしれないと思うのです。
それは、
宮本武蔵の“無刀の境地”は、勝ち負けを超えた人間の在り方を示しています。
千利休が茶で和平を願ったように、相手を尊重しながら対話で場を整えることもまた、刀を抜かない武士道の精神。
それは、現代において「対立を超えて協働を生む力」として受け継がれているのかもしれません。

戦うことを正当化しているわけではないが、
相手に対して敬意を表する真剣勝負は、かっこいい生き方のようで憧れる。

美しい映像美の中で、武士道精神の美しさを感じた今回の映画でした。


今回取り上げたのは“武士道精神”でした。
次回はもう一つのテーマ—「弱さを受け入れる真の強さ」について整理してみたいと思います。
生命以上に大切な“精神の強さ”とは何か。
作品から感じたもう一つのメッセージを書いてみたいと思います。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!