Creative of Zero Space

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存在させている“みえない背景”にスポットを当てて書いていきたいと思います!

『コンフィデンスマンJP』を観て感じた、現実の中にある嘘と“真実とのつながり”の不在

はじめに:「目に見えるものが真実とは限らない」
最近、今更ながらドラマ『コンフィデンスマンJP』を観ました。
その冒頭に流れるナレーションが、かなり好きです。

「目に見えるものが真実とは限らない
何が本当で、何が嘘か
コンフィデンスマンの世界へようこそ」

この一言に、まさにこの「現実」を表現されていると感じたのです。
私たちが「現実」だと思い込んでいる世界も、本当に“ある”と言えるのか――。



この現実は“夢”であり、“錯覚”である
私たちは、目に見える世界が「ある」と信じ、この体が「自分」だと疑いません。
でもそれは、“本当に”そうなのでしょうか?

実はこの現実は、一元(One Source)がみている“夢”の中。
私たちはその夢の中で、錯覚の現実を“絶対”だと認識し、日々を生きているに過ぎません。

『コンフィデンスマンJP』の世界のように、誰もが騙し騙され、
“自分の見ている世界”を真実だと思い込んでいるのです。



「目に見えるスクリーン」の裏側
nTech(認識技術)では、この現実を「宇宙コンピュータ」として捉えます。
この現実世界をPCやスマホのような“映像スクリーン”に例えるなら、
私たちが認識している世界は、あくまで「画面に映っている情報」にすぎません。

その映像を成り立たせている背景に
“バックスクリーン”(電気の通る道)があり、
そして、それらを成り立つようにさせている“スクリーンの外”(大自由の電気、電磁気力)があります。

これらを『PUスクリーン感覚』で整理し、
nTechでは、これを論理とイメージでお伝えしています。


私たちは『ゲームのアバター』??
「この体が自分だ」と信じ込んでいる私たちは、実は映像スクリーンに登場する“アバター”であり、
まるでゲームの中に入り込んでいるような状態です。

では、本当の自分とは何か?
「誰か」や「何か」ではなく、すべての始まりであり終わりである、源泉の動き、一元そのものであり、
その一元が、錯覚としてこの現実を映し出している夢なのです。



おわりに
『コンフィデンスマンJP』の世界は、フィクションでありながら、
“現実こそがフィクションだ”と気づかせてくれる作品でした。

今ここに映る現実のスクリーンの向こうに、
「真実とのつながり」「真の自分」がある。

真実の扉を覗いてみたくなりましたか?