Creative of Zero Space

ーZero Spaceを活用する生き方とはー

新しい「人間観」が必要な時代に

現代は、人工知能がどんどんバージョンアップしていて、今まで人間にしかできない思われていたこともDeeplearnigを通して、人工知能も可能になってきています。

さらに、今は無いけれど、人工知能にも「我」を持つようにさせる流れもできてきています。

 

そんな人間がやっていたことをどんどん人工知能ができるようになっては、人間の勝ち目はありません。

人工知能だけでなく、同じ人間同士でも紛争・戦争が絶えない状況をみて、「我」を持った人工知能は、人間をどのように判断するのでしょうか。

 

人間は今の集団知能のままでは、今までの通りの生き方が難しい時代を自ら創りだしてしまいました。

集団知能のバージョンアップが必要な時代です。

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この身体が自分だという今までの「人間観」では、動物レベルの生命体です。それでは、生死という概念から自由になりません。

常に死ぬことへの恐怖がある状態です。

 

でも本来人間は精神体です。

自分の意志を立てて、貫き、残すことができます。

意志は、身体がなくなっても残すことができます。

死への恐怖を超えて、生きることができるのが本来の人間です。

 

死を超えた生き方は、生きた状態でしか得ることができません。

真理を悟った人に共通してみられる文章には、「死んで生きる」や「生きたまま死ぬ」等、生死の概念を明確に超えていることを感じるものが多いのです。

 

武蔵も同様のことを記しています。

死する道においては、武士斗にかぎらず、出家にても、女にても、百姓已下に至る迄、義理をしり、恥をおもひ、死する所を思ひきる事は、其差別なきもの也。

 

武蔵は、義理を知って、恥を知って、死ぬ覚悟をもつことは、武士に限らずどんな人にも共通する生き方だといっています。

 

考えがいつも「有る」ところからの出発では、「無い」状態になるのが怖いのです。

しかし、「有る」ということを証明することができるか、と問われれば、その証明はできません。

なぜならば、すべてのものは「無い」世界から生まれているからです。

「有る」ことが出発の考え方を教わり、それが当然だと思っているから何の疑いもしないのです。

「無い」世界から「有る」世界ができているなら、出発は「死」です。

後は生きることしかないのです。

「無い」世界を基準にした時、生死を超えた「生き方」を意志を持って創っていけるのです。

 

生死を超えた精神体として、新しい「人間」を再定義する時代に私たちは今生きているのです。