般若心経からみる新たな“人間観”
今日は母親の誕生日でした。
研修中で連絡ができてませんでしたが、おめでとうございます !
私にとって、身体が誕生した原因態は母で、母に対して結果態です。
でも、般若心経でも語られているように、“自在”なのです。
“自在”とは『自由自在』と解析しています。
そうなると、自らが理由で、自らが在る(自らが存在する理由)なのです。
本当の自分は、因果によって在るのではなく、自らが存在するのです。
始まりなき始まりから終わりなき終わりまで。
始まることもなく終わることもなく、ずっと在り続けているのです。
それが“空”だと般若心経では説いているのです。
きれいになることも汚れることもなく
増えることも減ることもなく
生まれることも滅することもないのです。
ずっと変わらずにあり続ける、それが本来の自分。
何者にも規定されない、大自由な心なのです。
般若心経の世界が今ここの自分のIdentityとつながっているのです。
大自由の心そのもの。
尊厳そのもの。
新たな人間観。人間教育。人間に対する再規定。
それが“観術”で言っている『教育革命』なのです。
それが、Noh Jesu氏が20年間一貫して叫び続けている
「人間こんなもんじゃない!!」
と言われる背景にあるのです。
自らのイメージを決めつけ、苦しんでいる人間観を終わりにさせ、大自由の心そのもの、唯一無二の絶対尊厳そのもの、その自分になって、新しい関係性の構築を再創造していきましょう。